志津川へ
“歩”
Final Stage
最 終 日
| 月 日 | 行 動 記 録 |
11月3日(土) 気温7℃ 天気快晴 最終日、スタートするや否や、 走馬灯が走り涙も流るる。 真っ赤な太陽と光る海で、 故郷汐風に優しく迎えられる。 陸前小泉→南三陸町入り →旧歌津町港→伊里前 →旧志津川町細浦→清水 →荒砥 → 平磯 →袖浜 →志津川町十日町・実家 5時間15分 歩行21` 第1ステージ:札幌〜室蘭 延べ38時間55分 139` 第2ステージ:東室蘭〜函館 延べ51時間50分 189` 第3ステージ:大間〜三沢 延べ47時間5分 170・5` 第4ステージ:三沢〜宮古 延べ51時間45分 204` 第5ステージ:宮古〜志津川 延べ43時間15分 180` 延べ日数24日間、 テント泊19晩(列車泊4回) 歩行延べ時間232時間50分 総歩行距離 882.5キロ |
3:45 起床。 寒さもあってか早くに目が覚め、えいっ、起きちゃえでシュラフから抜け出る。。 メタでお湯を沸かし、味噌汁をいただく。 狭いテント暮らしともしばしのお別れだ。 5:15 最終日最後のザックを背負い、歩行開始する。 歩き始めると涙がポロポロ。これまでの延べ24日間の歩の足跡が走馬灯に流れ始める。 道中、必ずしも寂しくはなかった。妻とも母とも、そして自分を愛してくれる地域や山の仲間との会話で楽しかった。 されどやはり孤独との闘いの旅でもあった。 北海道編では寒さと孤独、本州編では暑さと山越えとそれに孤独が絶えず付きまとった。 5:55 本吉町から故郷南三陸町に入る。旧歌津町でもある。 気温7℃はやはりちょっと寒いけど、、、、。 陸前港駅近くの自販機で温かいコーヒーを買い求め、腰を下ろして飲む。 近くの加工場で仕事を始めていた青年から深々と頭を下げての挨拶を受けた。 7:05 歌津の海に着く。真っ赤な太陽と光る海(写1)が迎えてくれた。 堤防に座りながら写真を撮る。 「一言が 心の扉 開けるかぎ」の名言の立て看板が目にとまる。 志津川に近づくにつれ、ついつい心が躍り足早に歩いてしまう。 歌津町伊里前に予定よりも2時間も早く着いてしまう。 その旨、仙台のお迎え組に携帯で連絡する。 当初兄文夫から 「みんな待ってるんだから夕方ではなく、昼ごろには着くんだぞ」と言われていた事もあって、 何とか昼までには到着の思いも強く、足早にドンドン歩く。 この調子だと志津川には10時半には着きそうだ。その旨仙台に連絡する。 お迎え組「朝食もそこそこにあわて気味に仙台を発ったぞ」との連絡も、、、、。 8:25 細浦の集落を海岸べりにルートをとるが、迷子になり寺院の墓地内に迷い込んでしまう。 その墓地の中のひとつの石碑に「人生は夢なり」と刻み込まれ、歩の旅への贈物として心に頂戴する。 細浦から清水に抜ける道でふるさとの山・ホロワ山が目に入る。 旧志津川町に入り、清水から平磯、荒砥と歩く(写3,4,5)。 多少のアップダウンがあるもののそこは既にふるさとの町、まったく負担にも気にも掛からない。 9:40 今宵の祝賀会会場でもある袖浜海岸の国際観光民宿「天王前」(写6)に着く。 そこからは荒島(写7,8))が目の前に。小さい頃潜って貝類を収穫したりした良く遊んだ思い出深い島でもある。 10:10 荒島海岸のベンチで時間をつぶしてから、魚市場前を通過。 「汐風を食べてみませんか」のキャッチコピーの垂れ幕が道端に(写9)。 10:30 途中、魚屋に立ち寄りホヤを購入、それをみやげ代わりに志津川町十日町の実家に到着。 札幌から足を運んでくれた佐藤角光さん、梢さんご夫妻が横断幕の両端を持って迎えてくれた。 おかえりなさい、君のふるさと志津川へ、伊藤久平くん 仙台からの兄文夫・奎子夫婦と、厚別の家でのスタートとこの実家のゴール両方に顔を見せてくれた娘の恭子に感謝。(写10,11) さっそく実家の中に入り、買ってきたホヤを肴にビールで乾杯する。 その後、兄の提案で神割崎を散策後(写12)に、袖浜の民宿・天王前(写13,14)に入り、盛大に祝賀会。 翌日4日には仙台から姉の熊谷夫婦も馳せ参じる(写15)。 4日は仙台の兄宅に泊まり、5日の夜フェリーで仙台港を発ち翌6日苫小牧港で樽前山(写16)に迎えられ歩の旅は終える。 *写真はクリックすると大きくなります。 |